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 2011年  
 目次:   キャンパスの四季<かかしコンクール>  
      キャンパスの四季<キャンパスの夏>
      事務局夏休みのお知らせ
      キャンパスの四季<震災後1ヶ月〜桃の花>
      事務局からのお知らせ
    キャンパスの四季<冬のキャンパス>
   


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キャンパスの四季 <かかしコンクール>

キャンパスの四季〜かかしコンクールとケルネル先生そして船津伝次平氏

母校の直接の行事ではないのですが、母校在校生が耕しているケルネル水田を会場として毎年地元主催の「かかしコンクール」が行われています。
今年はその30周年を迎えました。

かかしコンクールは地元民の発意で生まれたもので、その昔この田圃を潰して自動車道路を造ろうという計画があったとき、それを押さえて、人々の関心をこの水田に向けようとしたことから発生したと言われています。

当時はケルネル先生(Dr. Oscar Kellner)もあまり知られておらず、その胸像は東京大学農学部本館の廊下にほこりをかぶって置かれていました。

しかしケルネル先生はヨーロッパでも屈指の農芸化学者であり、先生の著作がごく最近まで農芸化学のテキストとしてドイツで使われていたと言われます。

その方が駒場農学校教師として明治14年から25年までの11年間駒場の地にて主としてこの水田を使って実験をされ、我が国の米作収量の増大を計るべく努力されたのでした。

その時、群馬県の富士見村(当時)から篤農船津伝次平が大久保利通に招かれて駒場野に来てこの水田を開墾したと言われています。

このように母校が耕している水田は、日本農業近代化に資した水田であり、そこに船津伝次平とDr Oscar Kellner という日本農学の二人の巨星が存在していたのです。

かかしコンクールには今年はドイツ大使館の食料・農業・消費者保護担当のDr Urlich Fassbender が来られ、日本・ドイツ外交関係樹立150周年の今年のかかしコンクールの意義を強調されました。

今年は出品されていませんでしたが、毎年母校の生徒・保護者のかかしが出品され優秀な賞を取っています。

写真はケルネル博士と今年のドイツ大使館賞を取った群馬県前橋市富士見町の国定忠治かかしです。


(事務局 HT)


  


    


 
キャンパスの四季 <キャンパスの夏>

8月12日(金)から若葉会事務局室は一週間のお休みに入ります。夏休み明け事務再開は8月19日(金)です。事務局室をY氏とともに訪ねました。

事務局のMさんが美味しい物をご馳走してくださるというので何かと思いましたら、体育館脇に桃が落果したので冷蔵庫で冷やしておいて下さった物でした。Y氏とともに美味しく頂きました。

            

これは二期生の方々が母校創立60周年を記念して植えた物です。
二期生の吉田雅夫氏によると江戸時代駒場野は桃で有名であったとのこと。その桃が母校キャンパスに’里帰り’しているのです。春には美しい花を咲かせます。

熟すとどれくらい大きいかをMさんの手を借りて落果した桃を持っていただきました。

            


キャンパスを歩くとサツマイモの苗が大きくなっていました。夏の日照りが暑ければ暑いほど美味しいお芋が出来るのではないでしょうか。

帰りがけ駒場野公園に寄りました。つい先頃まで頼りなく見えた稲の苗は力強く成長していました。

  
 キャンパスのサツマイモ畑                   ケルネル水田

キャンパスの夏を報告いたします。


(平成23年8月10日 事務局 H.T)


     


 
 事務局夏休みのお知らせ

8月12日(金)から18日(木)の一週間を夏休みとさせていただきます。
休み中は留守番電話、FAX、メールにてご用件を承ります。
休み明けにこちらからご連絡をさせていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。


 (若葉会事務局)


    


 
キャンパスの四季 <震災後1ヶ月〜桃の花>


3月11日(金)の東日本大地震の日、母校の先生方のほとんどは帰宅されず、帰宅困難となった約半数の生徒達の面倒を見られることとなりました。
50周年記念会館の大ホールが母校生徒の’避難所’の一つになったのです。

筆者は母校から歩いて10分ほどの所に住んでいますので、その日、夕刻母校に参りました。
暗い淡島通りを無数の人々が郊外に向けて歩いていました。

若葉会では、事務局の村田さんが帰宅が難しくなったと判断されて、若葉会事務局室の
床の上に毛布を敷いて仮眠されました。若葉会の歴史で初めてのことです。

社会の機能は徐々に回復しましたが、3月23日に予定された中学の卒業式は行われず、終業式の場を借りて卒業証書が渡されたとのこと。これも母校の歴史で初めてのことです。

さて、この時があってから一月(ひとつき)が経ちました。
今日、母校を訪ねてみると、7年前の懇親総会の時に植えた桃がキャンパスに美しさを添えていました。
 
平成16(2004)年1月12日第14回懇親総会の朝、当時の宮島会長と、向高学校長によって植樹式が行われました。この前日に2期の吉田雅夫氏からの寄贈になる苗が5期の福島正幸氏などのご協力を得て、母校の庭に植えられたのです。その数は全部で60本でした。

吉田氏によると江戸時代、駒場(当時は駒場野とよばれていた)はたくさんの桃が栽培されていたとのこと。
「その一部が今母校に里帰りをしているのです」というのが吉田雅夫氏のお考えです。

震災後の一ヶ月、心がどうしても沈んでしまうときに、美しい春の桃を見ると慰められました。

4月12日(火)の母校の桃の写真です。


     
       昭手姫(温室横)            箒桃(愛隣会横)

     
      白枝垂(体育館横)           羽衣枝垂(体育館横)

    
      照手水蜜(体育館横)        赤花蟠桃(夕日に広場横)

          
             相模枝垂(理科教室南側)


      


 

 事務局からのお知らせ

若葉会会員各位 

東北関東大震災の義援金についてのご報告

未曾有の災害をうけられた被災地域の方々のことを考え、正副会長による緊急の判断を受けて3月23日(水)三井住友銀行 銀座支店 「日本赤十字社東北関東大震災義援金口座」に筑波大学附属駒場若葉会として、とりあえず、10万円を送金し致しました。
直ちに、常任幹事にその旨ご報告を致しました。

以上のこと会員各位にHPを通してご報告申し上げます。


平成23年3月25日 事務取扱 事務局長 辻 弘


    


 

 キャンパスの四季 <冬のキャンパス>

1月12日、13日は中学校願書の受付とのことで、学内はどこか忙しさを感じさせました。
一生に何度もあることではないし、かつ、かなり自分の一生に影響力のあることなので本人は勿論、親御さんもとても大変なことと思います。
そんな騒ぎの終わった後のキャンパスを散歩しました。

       

キャンパス西側にある梅林です。未だ極く咲き始めの段階ですが淋しいキャンパスに紅の梅が咲くことはとても良いことです。
石碑を見ると昭和48年度中学・高校卒業記念と掘られていました。
高校22期生と中学25期生が贈ったものと思われます。

もう少しキャンパスを進んでいくと、体育館の近くに藤棚があったことを覚えておられるでしょうか。
この藤棚が古くなり、昨年度古い藤を全部切り落として、新しい藤棚をつくったとのことです。

      
これがその新しい藤棚の一部です。
全てを切り落とした古い藤の幹から一本の枝が出てきて、今どんどんと伸びています。
今後のこの藤棚はこの親木から出たこの枝にかかっています。
藤の生命力を感じさせます。

      
この藤棚を贈ってくれた高校58期、中学61期の銘板が有ります。最後に冬の陽を受ける中学校舎です。


(平成23年1月13日 若葉会事務局 H.T.)

     



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